東大古文 2017 文系 第二問(五)
「好いたる人」(傍線部キ)とは、ここではどういう人のことか、説明せよ。
「好いたる人」=好色な人
は古文常識ですし、知らなくても光源氏ですから思いつきますよね。
ただ、(五)は東大らしい奥が深い問題で、完璧な解答を書くのは結構難しいです。
というのは、「どういう人か」という単純な問であるため、
理解度がはっきり答案に表れるということと、
傍線部の位置が最終段落にあり、この問が最終問題であるため、
これまでの内容も考慮して書かなければならないからです。
さらに、最終段落では朧月夜の話が出てきており、
長めの注釈が入っていますね。
当然、出題者は、注釈まで含めて、「どういう人か」を問うていますから、
そこも踏まえなければなりません。
では、まず、最終段落の内容が正確に読解できているかが重要になりますので、
簡単に現代語訳にしてみますね。
ひきひろげて=(光源氏は玉鬘からの手紙を)広げて
玉水のこぼるるやうに=玉水がこぼれるように(涙がながれる)
思さるるを=お思いになるのを
人も見ば=女房たちが見たならば
うたてあるべしと=具合が悪いに違いないと
つれなくもてなしたまへど=平静を装っていらっしゃるけれど
胸に満つ心地して=胸がいっぱいになった気持ちがして
かの昔の=あの昔の
尚侍の君を=内侍の君であった朧月夜を
朱雀院の后の=弘徽殿の大后が
切にとり籠めたまひしをりなど=強引に光源氏に逢えないようになさった時のことなどを
思し出づれど=思い出しなさるけれども
さし当たりたることなればにや=直面していることであるからだろうか
これは世づかずぞ=これ(玉鬘と自分との間柄)は世の中に例がないほど
あはれなりける=しみじみと悲しかった
好いたる人は=(光源氏のように)色を好む人は
心からやすかるまじきわざなりけり=自ら心穏やかでない状態であろうとするものなのだなあ
今は何につけてか心をも乱らまし=今は何によって心を悩ませたらよいのだろうか
似げなき恋のつまなりや=似つかわしくない恋の相手であろうか
とさましわびたまひて=と気持ちを鎮めかねなさって
御琴掻き鳴らして=お琴を掻き鳴らすと、
なつかしう弾きなしたまひし爪音=(玉鬘が)慕わしく弾きこなしなさった爪音を
思ひ出でられたまふ=自然と思い出されなさる
以上、最終段落の現代語訳でした。
では、問です。
「好いたる人」(傍線部キ)とは、ここではどういう人のことか、説明せよ。
まず、リード文も含め、最終段落に至るまでの状況を確認しておくと、
〇かつての愛人である夕顔の娘(玉鬘)を養女として引き取り、思慕の情を寄せて困惑させる。
〇玉鬘が鬚黒大将の妻となり邸に引き取られて後に、玉鬘への恋しさが募って手紙を書く。
〇玉鬘から、表向きは礼儀正しいが、暗に思いを伝える手紙が返ってくる。
ということでしたね。
そして、光源氏は最終段落で、
かの昔の=あの昔の
尚侍の君を=内侍の君であった朧月夜を
朱雀院の后の=弘徽殿の大后が
切にとり籠めたまひしをりなど=強引に光源氏に逢えないようになさった時のことなどを
思し出づれど=思い出しなさるけれども
と、朧月夜の一件を思い出しています。
朧月夜に関しては、注釈が入っており、その最後に、「現在の内侍の君は玉鬘」と付記してありますよね。
僕には、「これを踏まえて解答せよ。」というメッセージにしか見えませんが、
皆さんはいかがでしょうか?
ところで、内侍とはどのような存在だったでしょうか?
知らなかった人は古文常識の本で周辺事項も含めて確認しておいてほしいのですが、
簡単に説明すると、天皇の後宮には律令に規定のあるものと、後に呼称となったものがあり、
〇律令の規定 ※数字は順位を表す
1.皇后(こうごう):原則1名
2.妃(ひ):2名以内
3.夫人(ぶにん):3名以内
4.嬪(ひん):4名以内
〇平安時代以降に生じた呼称
1.中宮(ちゅうぐう):皇后の別称。複数の皇后が立てられて場合、2番目以降の者。
2.女御(にょうご):皇后・中宮に次ぐ地位。中宮候補。
3.更衣(こうい):女御に次ぐ地位。
4.御息所(みやすんどころ):更衣に次ぐ地位。のちに皇太子・親王の配偶者。
4.御匣殿(みくしげどの):更衣に次ぐ地位。
4.内侍(ないしのかみ):女御・更衣に準ずる地位。
7.典侍(ないしのすけ):平安後期以降。女御・更衣に準ずる地位。
のように整理できます。
つまり、尚侍は天皇の後宮なのです。
尚、朧月夜の一件とは、次のような内容です。
朧月夜は、光源氏の兄である朱雀帝の女御として入内予定だったが、光源氏と出会い関係を持ったことで入内が取りやめになった。その後、朧月夜は尚侍として朱雀帝に仕えていたが、光源氏との関係が続いていたことが発覚して、朱雀院の母弘徽殿大后の怒りを買い、光源氏は須磨に退去する(通称須磨流し)ことになる。
この一件は、光源氏が25歳ぐらいの時の出来事なんですね。
〇兄である朱雀帝の後宮入りが決まっていた朧月夜と関係する。
〇後宮入り後もその関係を続ける。
問題文は37・8歳の頃です。そして、この時の天皇は何と光源氏の不義の子冷泉帝です。
〇息子である冷泉帝の後宮入りが決まっていた玉鬘に言い寄り困惑させる。
〇玉鬘が鬚黒大将の妻となって後も、思いを断ち切れず手紙を送る。
これってよくある普通の恋愛じゃありませんよね?(笑)
では、これらに共通することは何でしょうか?
出題者が、本文と共通性のある過去の出来事を注釈として入れているのですから、
共通点を考えて答案に反映させるべきですよね。
さあ、共通点は何でしょう?
それは「不義」です。
不義とは、
1.人として守るべき道にはずれること。またその行い。
2.男女が道に背いた関係を結ぶこと。
です。
そして、本文では「好いたる人」の後に、
「心からやすかるまじきわざなりけり」
=自ら心穏やかでない状態であろうとするものなのだなあ
とあります。
不義に巻き込まれたわけではなく、自らその状態を望んでいるのです。
さらに、
「今は何につけてか心をも乱らまし」
=今は何によって心を悩ませたらよいのだろうか
光源氏は心を悩ませたいのです!
「似げなき恋のつまなりや」
=似つかわしくない恋の相手であろうか
相手とはもちろん玉鬘のこと。
「とさましわびたまひて」
=と気持ちを鎮めかねなさって
気持ちが高ぶって鎮められないのです!
「なつかしう弾きなしたまひし爪音」
=(玉鬘が)慕わしく弾きこなしなさった爪音を
「思ひ出でられたまふ」
=自然と思い出されなさる
玉鬘を思い出しているところで終わってます。
まったく諦めてない。(笑)
これらを踏まえて答案を作成しなければなりません。
ちょっと解説が長くなったので、難しく感じたかもしれませんが、
もう一度リード文、本文、注釈を読み返してもらうと、
源氏物語の細かな知識を受験生に求めるものではなく、
必要な情報はすべて書かれており、リード文と注釈と本文の読解だけで解けるようになっていますね。
では、解答例です。
不義を厭わず恋愛の成就に執心し、自ら心を悩ませる人。
採点基準
〇「不義」「かなわぬ恋」+成就への執着心…「玉鬘」「朧月夜」の共通性から。
〇「自ら心を悩ませる」「自ら苦悩する」…「心からやすかるまじきわざなりけり」から。
これらに触れていないものはそれぞれ減点になります。
